16.自転車










「うわぁ〜こりゃすげぇ〜〜〜! 上手いぞ! アレン!」
「凄いわ! 何だか、エクソシストにしておくの、もったいないくらい!」



エクソシスト総本部。
黒の教団の鍛練場の一角で、黄色い声が木霊する。


誰もが注目するその中心にいたのは、
白い髪をなびかせて、奇妙な乗り物の上で曲芸を披露するアレンだった。



「あの乗り物って、ただ乗るだけでも結構コツがいるのよ?
 なのにアレンくんったら器用に逆立ちしながらグルグルまわっちゃって、
 もうアレは神業って言ってもいいぐらいよね?」
「そうさね。 いくら器用な俺でも、アレンみたいには上手く行かないさぁ」
「……けどね、アレは自転車っていう乗り物で、
 あくまでも広い構内を移動するために作った物であって、
 決して曲芸を披露するためのものじゃないんだけどねぇ……」



ふぅ。 と大きな溜息を付きながら、コムイが解説をしてみせる。


だだっ広い教団の施設内を迅速に移動する手段として、
移動乗車ロボットなるものを製作してみた。
だが、コムリン1・2号の面影を沸々とさせるその姿に
周囲よりは猛反対をうけることとなる。


そこで人力で簡単に移動できる手段を安易に思いついた訳だったが……



「コムイさぁ〜〜ん! これ凄いですよ〜♪
 すいすい移動できるし、何より面白いです〜!」



サドルの上でひょいと宙返りをすると、片足でバレリーナさながらにバランスをとりながら
アレンは上機嫌でコムイに笑顔を向ける。



「アレンくん〜気をつけてくれよ〜!
 いくら鍛練場が広いからって、ここは自転車で遊ぶ所じゃないんだからね〜!
 きっとそのうち、神田くんあたりにめちゃくちゃ叱られるよ〜?!」
「え〜? 誰に叱られるんですってぇ〜?」



車上で器用に曲芸をこなすアレンは、
まるでそれ自体を楽しんでいるかのようで、
コムイやリナリーたちの声など我関せずと言った様子だ。


するとそこに噂の主が、不機嫌オーラを最大限に発しながら現れた。



「……おい……!」
「あっ、神田ぁ〜! 見てくださいよ! すごいでしょ〜?!」
「……何ひとりではしゃいでやがるっ!」



腰の六幻に手をかけながら、今にも抜刀しそうな雰囲気を漂わせる神田に、
その場に居合わせたラビが横やりを入れる。



「お〜ユウ〜あの乗りモン、凄いんさぁ〜。
 アレンはあんな風に簡単に曲芸乗りしてるけど、
 これが乗るのに以外とコツがいるんさ。
 俺なんか、さっき見事にすっ転んじまって、このザマさぁ……」



……と、おデコの絆創膏を情けなさそうに指差した。



「……そ、そんなに難しいのか……?」



あのラビが……?
そう思った神田は、怪訝そうな表情で聞き返す。
ラビでさえ乗りこなせないという難しい乗り物を、
あのアレンが器用に乗りこなしていると思うと何となく面白くない。



「そりゃコツさえ掴んじまえばどうってことない……とは思うさ。
 けど、そのコツを掴むまでが大変さぁ〜!」
「……そうか……」



神田は何を思ったのか、いきなりアレンの方に向き直ると、
手にした六幻を自転車の前輪目掛けて差し入れた。
さほどスピードは出ていなかったものの、
前輪の動きを突然静止されてしまった自転車は、
ものの見事に後輪を跳ね上げて横転してしまう。



「うっ、うわぁ〜〜〜!!!」



ドスン。
……という派手な音を上げて、アレンが尻餅をつく。



「……ったぁ〜! 急に何するんですかっ、神田!」
「……俺にも……乗らせろ……」
「……は……はぁ……??」



唐突な申し入れに、アレンはすっとんきょうな声を上げた。



「か、神田が乗るんですかぁ?」
「……そうだ……」
「この……自転車に……ですか??」
「……そうだって言ってるじゃねぇか! 馬鹿か?お前は?」
「ばっ、馬鹿はないでしょ?」



二人の間に険悪なムードが漂う中、アレンはふとある事を思いつく。



「じゃあ、どうぞ?」



アレンは素直に倒れている自転車を起こして、神田に差し出す。
さっきラビやリナリーが、
この乗り物に乗ろうとして苦戦していたのを目の当たりにしていたアレンは、
初めて乗るであろう自転車の乗り方すら告げず、
ちょっと意地悪そうな表情をしてみせた。



「……で、どうやって乗るんだ?」
「その真ん中にある小さな椅子に腰掛けて、両足で下にあるペダルを交互に踏むんです。
 ただし、かなりバランスを取るのが難しいですから、気をつけて……」
「……こ……こうか……?」



せーのといったタイミングで思い切りペダルを踏んでみたが、
そこはさっきアレンが言っていた通りで、かなりバランスを取るのが難しい。
ヨロヨロとよろけたと思った途端、ものの見事に横転してしまう。



「……ってぇ……何だ?この乗りモンは?」
「自転車って言うそうですよ?
 大丈夫。 コツさえ掴めば、これほど楽しい乗り物はないですから。
 初めは難しいですが、すぐに慣れますよ。
 僕が後ろを支えてますから、もう一回同じ要領でこいでみてもらえますか?」
「……こ……こうか……?」



アレンに手助けしてもらうのはしゃくだと思ったが、
それでも皆の前で見事にコケてしまった以上、このままではいられない。
背に腹は変えられずといったところだろうか。
神田はアレンに自転車の後ろを支えてもらいながら、
また思い切りペダルに力を入れた。


……すると……



「うわっ……よっ……とっ……くわっ……!」
「そう、そう、神田、その調子です!」



今回は何とか倒れずに勢いに乗ったようだ。
わずかによろけながらも、神田は自転車で真っ直ぐに走っていた。



「おっ、おいっ! これはどこまで進むんだ?」
「ほら、神田! 真っ直ぐ見てないとぶつかっちゃいますよ!」
「うわっ! おい!皆っ、どけ、どけぇ〜!」



情けない怒鳴り声に、その場にいた誰もが驚いて逃げる。
そのお陰で神田は誰にぶつかる事なく
かろうじて直進を続けていたわけだが……



「おい……お前がどうしてここにいる……?」



神田が懸命に漕ぐ自転車の荷台に、いつの間にかちゃっかりアレンが乗っている。



「神田っ! そんなこと気にしてる暇ないですよっ!
 前見てっ、前っ!」
「わっ……こ、この乗りモンは一体どうやって止めるんだ?」
「バッテリーが切れたら自然に止まりますって。
 まぁ、さっきの神田みたいに無理やり誰かが止めてくれれば別ですけど」
「なっ……じゃあ、それまでこのまま走りつづけなきゃいけねぇのかっ?!」
「そうですよ? バランスを崩さないようにしっかり前を見て漕ぎ続けないと
 またすぐに横転しちゃいますからねっv」
「くそっ! コムイの奴、また面倒なモン発明しやがって!」



アレンの嘘を嘘とも思わない神田は、眉間に大きな皺を刻みながらも
懸命に自転車を漕ぎ続ける。
しかも上手く曲がれない彼は、ひたすらまっすぐ進むのみ。
いつの間にかその自転車は鍛練場を通り抜けて廊下へ、庭に出る通路へと向かっていた。
そして、そんな神田の背中に何気でしっかりと腕を回し、
嬉しそうに微笑むアレンの姿があった。



「おい、モヤシ! てめぇ、何そんなにひっついてやがる!」
「こうやって重心を一つにしてバランス取るのが、一番いいんですよ?
 この際少しでもバランスを取り易くして、エネルギーの消耗を防ぐのが得策でしょう?
 何なら、試しに離れてみますか?」



アレンのセリフに一瞬思案する様子を見せたものの、
自転車を器用に乗り回していたアレンの意見を素直に聞く方が
この際良策だろうと判断したのだろう。
神田は不服そうな表情をしながらもそれを容認することとした。



「いや……いい……
 それより、いったいどんぐらい走ってりゃ、そのバッテリーっていうのは切れるんだ?」
「そうですねぇ。 そんなに長くは掛からないと思いますよ?
 何でもさっきのコムイさんの話じゃ、これに乗ってると、下肢の筋力も付いて、
 トレーニングにももってこいらしいです」



鍛練とかトレーニングという言葉に弱い神田は、
その話を聞いて妙に納得したようだった。



「そう言われれば、このペダルってやつに力を入れたりバランスを取るのに、
 かなり脚力が要るな……
 コムイの奴も、それならそうと初めから言やぁいいんだ。
 ……そうか、だから鍛練場にこの機械を持ち込んだんのか……」



思った以上に素直な神田に、アレンも少しだけ苦笑する。



「でね、神田。
 トレーニングついでに、少し遠出しませんか?
 どうせしばらくは止まらないんだし、だったら……ね……?」
「そ……そうだな……」



本当は手元に付いているレバーがブレーキという代物で、
それさえ引けばすぐに自転車が止まる事など百も承知なアレンだった。
だが、こういう機会を逃せば早々神田と二人きりで
そのうえべったりと身体を寄せ合う事など奇跡に近いだろうと思っていたので、
この際神田が機械オンチなのをいことに大いに利用させて頂こうと考えたわけで。



「ねぇ……カンダ……
 何だかこうしていると、仲のいい恋人同士みたいですよね?」
「なっ……う、うるせぇ……!」
「神田の背中って暖かくて、なんかすごくいい気分です」
「……ったく……好きに言ってやがれ……」



腰に回した腕にぎゅっと力を込めると、
背後から見える神田の耳が真っ赤に染まっているのがわかる。



――― なぁんだ、神田も本当は嬉しいんじゃん……



うふふと小さく微笑みながら、アレンは愛しい人の背中に
寡黙なその愛情をじんわりと感じたのだった。












そして、二人の乗った自転車はいつになったら止まるのか……?


それは当の二人にしか、知ることは出来ない。













                               
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≪あとがき≫

お馬鹿な神田……健在です( ̄▽ ̄;)
そしてちょっとだけ黒いアレンたんv
こういうほのぼのムードの二人が好きです♪
ま、激しい二人はもっと好きですが……(≧∇≦)~~*
……にしても、二人はどこまで行っちゃったんでしょうね?
もしかして地球をぐるり一周とか??
それともどっかで神田がへたれて転倒し、
そのままアレンたんと抱え込みの練習に突入とか…??(*^m^*)
……だったら面白いなぁ〜とかvv一人で悶々と考えてます♪
皆様もどうぞご自由に連想してみてくださいませねvv